多くの人が抱く疑問
天地創造は、福音と本当に何の関係もないのでしょうか?
多くのクリスチャンが、創世記に書かれている創造の詳細は、イエス様の福音とは直接関係がないと考えています。「イエス様を信じて、復活を信じればそれで十分」と心から思っているからかもしれません。特に「大進化論」の影響が強まる中で、「天地創造なんて福音とは無関係」という考えが、かなりの多数派になってしまいました。でも、本当にそれでいいのでしょうか?
福音とは何か?
この問いに答えるために、まず「福音」とは一体何かを、はっきりさせておきましょう。 簡単に言えば、恐ろしい「罪」という「がん」の根本治療法がここにある、という、最高の朗報です。ただ、この良い知らせを耳にするだけではだめです。実際にその治療を受けなければ、「罪」というがんは治りません。
「自分は犯罪なんかしていないし、まじめに勉強して、ちゃんと働いて、人に迷惑をかけず、礼儀正しく生きている。だから罪なんてないじゃないか」と思う人は、少なくありません。そう思えば、もちろん治療なんて必要ない。人間なんて進化してきた動物なんだから、イエス・キリスト? 別に結構です。 でも、この考え方こそが、実は福音を拒む最大のつまずきの石になってしまうのです。
神様の素晴らしい創造
この礼拝メッセージでお伝えしたいのは、福音を正しく伝えるためには、創世記が非常に重要で、欠かせないということです。 天地創造と福音の関係、つまり宇宙の始まりと「罪」の始まりについて、一緒に考えてみましょう。
最初に、神様は素晴らしい天地を造られました。
1:27 神はご自身のかたちに人を創造された。神のかたちに人を創造し、男と女に創造された。
これが、人間の本来の姿、本来の居場所です。 創造主なる神は、アダムとエバを祝福されました。被造物である男と女を、心から祝福されたのです。
救いとは?
福音が約束する根本治療とは、この本来の姿への回復です。 それは、黙示録21:3-4にこうあります。 「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにいてくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものは過ぎ去ったからである。」
つまり、最初のアダムとエバは、神様と一緒に住み、死も悲しみも苦しみも病気も老いもありませんでした。 神様はすべてをご覧になって、「非常に良かった」と宣言されました(1:31)。 全能で良いお方である神の作品が、完璧だったのです。 天の御国で「神が人とともにいる」——これこそイマヌエル、永遠の命そのものではありませんか?
アダムとエバの体は、私たちが想像もできないほどの栄光に満ちていました。 自由意志を与えられた二人は、神様とある契約を結びました。 2:16-17 「園のすべての木から、好きなだけ食べてよい。ただし、善悪の知識の木からは食べてはならない。食べると必ず死ぬ。」
罪の始まりと死の始まり
この契約、すごくシンプルで守りやすいと思いませんか? 桃も栗もブドウもミカンも梨もマンゴーもメロンもリンゴもスイカも、好きなだけ食べていい。 ただ、あの木の実はダメ。それだけです。
ところが、3:6 女は、その木の実が食べるのに良く、目には慕わしく、知恵を得るのに魅力的だと見て取り、実を取って食べ、そばにいた夫にも与えたので、夫も食べました。 3:7 すると二人の目が開かれ、自分たちが裸であることに気づいた。
栄光に満ちていた体が、一瞬で裸の、死ぬべき体になってしまいました。 これが、「罪」による死の始まりです。
罪の現実
私たちアダムとエバの子孫は、みんな裸で生まれ、やがて死ぬ体でこの世を去ります。 誰しも避けられない道です。 善悪を知りながら、自由意志で自己中心になり、嘘をつき、お金に執着し、争い、妬み、憎しみを抱き、偽善者になる……。 この心の動きは、邪悪なものだと、誰でも感じますよね?
罪の恐ろしさは、人類史上最初の殺人事件を見れば明らかです。 創世記4章で、カインは弟のアベルを計画的に殺しました。 神様はカインに警告されました。「罪はあなたを恋い慕っているが、あなたはそれを治めなさい」(4:7)。 でも、カインは治められず、殺してしまった。
人間は、罪を犯しやすい存在になってしまったのです。 子どもに「嘘をつきなさい」と教える必要なんて、まったくありませんよね。自然に嘘をついてしまう。
良い人間はいますか?
マルコ10:17-18 ある人がイエスに尋ねました。「良い先生、永遠の命を受けるには何をしたらいいですか?」 イエスは言われました。「なぜ、わたしを『良い』と言うのですか。良い方は神おひとりのほかには、だれもいません。」
良い人間など、一人もいません。 それは世界共通の現実です。 北欧のような先進国でも警察が必要だし、バチカンでも犯罪が起きています。 罪のない人は、イエス様ただお一人だけです。
救い主は誰ですか
「罪」というがんの苦しみから解放されたいと思いませんか? 私たちを救えるお方はいますか?
います。罪のないイエス様です。
世界一の脳外科医でも、自分の脳腫瘍を自分で手術することはできません。 同じように、どんなに「良い人」でも、自分の罪を自分で治すことはできません。 できるのは、人間を創造されたイエス・キリストだけです。
ヨハネ14:6 イエスは言われました。「わたしが道であり、真理であり、いのちです。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことはできません。」
創世記で預言された「女の子孫」こそ、このイエス・キリストです。 聖霊によって処女マリヤから生まれ、人であり、神であられるお方です(ヨハネ第一5:11)。
罪に支配されない永遠の命——これが福音です。
天地創造が神話であれば
良心の備え
でも、誰でも「それは悪いことだ」とすぐに分かりますよね。 なぜ分かるのでしょう?
ローマ2:15 彼らは、律法の要求が心に書かれていることを示しています。良心もともに証しし、心の思いが互いに責め合ったり弁明し合ったりするのです。
良心は神からの賜物です。 悪をしようとするとき、警告信号を鳴らすシステムのようなものです。 良心を失った人は、まさに人間として壊れてしまいます。
なぜアダムとエバは、いちじくの葉で腰を隠し、神の顔を避けて木の間に隠れたのでしょう?(3:7-8) 悪いことをしてしまい、良心が痛み、罪悪感に苛まれたからです。
この良心と罪悪感の現実は、進化論では説明できません。 ところが聖書は、人間が神のかたちに造られたから、神の善悪の感覚を持っていると語ります。 契約を破ったことで罪が入り、良心は破壊を止めるブレーキとして働く——これが神の恵みです。
アダムとエバは、あの実を「一つ」だけ取り、食べました(ヘブライ語原文で単数形)。 もっと食べたい衝動を抑え、一つで止めた。良心が働いていた証拠です。
良心のない世界を想像してみてください。 強盗、殺人、弱肉強食、誰も信じられず、働いても奪われるだけ。 家族も社会も崩壊します。福音を伝える土台すらなくなります。
だから、全能で知恵深い神様は、全人類に良心を与えてくださったのです。 人類を守り、時が満ちたときに「女の子孫」であるイエス・キリストを送り、罪と死に勝利し、永遠の命と根本治療を与えてくださるためです。
悔い改めて、イエス様の救いを受け取りましょう。
結論: 三つの不可欠なポイント
最後に、三つの不可欠なポイントをお伝えします。
- 罪の始まり 天地創造(特に人間の創造)は、福音を語るのに絶対必要です。 罪の始まりがなければ、イエス様の救いも必要ありません。
- イエスの救い 詩篇14:1-3 愚か者は心の中で「神はいない」と言う。 彼らは腐敗し、忌まわしいことを行う。良いことをする者はない。 …すべての者が背を向け、だれも堕落した。良いことをする者はない。一人もいない。 アダムは神に背き、堕落し、罪人になりました。 全人類の祖先なので、その罪は世代を超えて受け継がれ、誰もが罪人、誰もが死にます。 だからイエス様の救いは、絶対に必要です。
- 良心の備え 進化論では良心は進化の邪魔になります。 しかし神は、ご自分のかたちに人を造り、心に律法を書き、良心を与えてくださいました。 罪悪感が生まれ、救いを求めるようになる——これが神の深い愛です。良心も不可欠です。
天地創造は福音と切り離せません。
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